フリーボディ

いくらペダルを回してもクルクル空回りするばかりで、急に一ミリも前に進まなくなった自転車を交差点のガードレールに立てかけて、グルグルグルグルハムスターみたいにペダルを回していたら、後ろからお洒落なお兄さんに声を掛けられた。私は最近、ブルートゥースのイヤホンを通してスマホから、YouTubeにアップロードされた音楽アルバムを聴いたり、ポッドキャストを聴いたりしながら家と職場を行き来してるのですが、今では本人が正規に自分の音源を全部上げてたりするので、一体どうなってるのだろうか、とも思うけど、時代にはもうとっくのとうに付いて行けてないと思うので、私の分かるような事では無いのだろう。ただより高いものはあるのか。無いのか。それが問題だ。

ともかく、お兄さんが何を言ってるのか分からないので、引きちぎるようにあわててイヤホンを外し、耳を澄ませた。先日、渋谷の高架下で車の横をすり抜けてたらハンドルが車のサイドミラーに当たり、ぽろっと下に落ちた。一瞬目を疑ったのだけど、平謝りに謝りながら拾い上げたミラーには、よく見たら養生テープがぐるぐると巻き付けてあり、この状態で公道を走るのはいかがなものだろうか、とも思ったのだけど、そんな事を言うわけにはいかず、作業着姿の運転手と助手席の男性に思いつく限りの言葉で丁重に謝ったら、私からミラーを受け取り、怒りの言葉をいくつか私に発した後、そのまま走り去って行った。すみません。それから高架下ですり抜けをするのはやめた。狭いし、危ないのだ。五十近いおじさんがするべきではない。いや、年も関係ない。その時も、私に向かって怒鳴ってるお兄さんが何を言ってるか分からず、私はあわててイヤホンを引きちぎるように取った。一番初めに辞めるべきなのは、イヤホン付けて自転車に乗る事かもしれない。

お洒落なお兄さんが言うには、それはグリス切れとかでホイールの部品が壊れてるのだけど、シマノのホイールはその部分が分解できないので、交換するしかない。という事だそうです。そうなのか。ありがとうございます。お礼を言って、自転車を押したり、跨ったまま地面を蹴ったり、ペダルに片足を乗せて逆の足で蹴ったりしながら帰宅した。ホイールのスプロケのついたガラガラまわる部分は、フリーホイールとかフリーボディとか言うらしい。そう言えば、今日声を掛けられた交差点のすぐ近くの古いビルの一階に、いつからか自転車のショップのようなものが出来たのだけど、自転車売ってる感じでもないし、ものすごくお洒落で敷居が高い感じなので、実際どういう店なのかよく分からないまま今に至っていますが、今日のお兄さんは、そこの人ではなかろうか。と思ってお店のホームページを探してみたら、自転車のチームのメカニックをされてる方がやってるみたいで、海外なんかにもよく行くらしい。何かすごいな。まるで想像がつかない。でも、今日のお兄さんがそこの人なのかどうかは、よく分からなかった。