お酒の話

最近、電車の中で酒飲んでる人が目につく。テレワークが浸透したら、アル中が増えるだろうなあ、と思ってたんだけど、そういう人なのかな、と思わないでもない。

 

 別にアル中が悪い事だとは思わないし、何かに溺れてしまう生き方の気持ちよさも痛いほどわかるし、それに殉じてしまうなら、それでかまわない、と思ってしまう気持ちもわかるので、誰かを責めようとか、立ち直らせたいとか、全然思ってないし、大体立ち直るとか、まともとか何だよ、と問われても答えられないし、だったら何が言いたいのかという気もしますが、あと一週間ほどで断酒5年になるので、ちょっとお酒の話をしてみたくなったのです。

 

アル中かどうか基準として一つ、俺、大丈夫かなあ、とか聞かれた時に、よく話してる事があって、あなたが一日で起きてる時間は何時間ですか?それを2で割ってください。あなたが酔ってる時間はそれを超えてますか?という話です。いつもこれを、といっても数えるほどしかしたことないですけど、してます。自分を振り返った時に、正確には思い出せませんが、何か踏み越えてしまったな、という基準として、かなり近いと思ってます。この計算をする時に大事なのは誤魔化さないことで、ビールくらいで俺は酔わないので、酔ってる時間には入らないとか、水を飲んで醒ましながら飲んでるので、その時間は入れてないとか、ちょっとまずいかな、と自覚がある人ほど、何かと理由を付けて時間をちょろまかそうとするのですが、それはダメよという事です。さあ、どうですか。超えてませんか。毎日超えちゃてるあなた!たぶんアウトです。

 

酔ってる時間が素面の時間を超えてしまうと、酔ってる状態がデフォルトの体にどんどんなって行ってしまって、素面の時の最悪の気分に、全く耐えられなくなって行きます。なので、どんな時でも、何とかしてアルコールを摂取した状態に自分を置いておこうとするようになるのですが、心のどこかでそれを見せたくないと思うのが人情で、隠したり、誤魔化したりするようになります。私はお茶やなんかのペットボトルを半分くらい飲んだところに、透明なハードリカーを入れてボトルを満たしたものを常に持ち歩くようになってたんですが、これなら他人が見ても、お茶を飲んでるようにしか見えないだろう、と思っての行動でした。結局はそれがバレて、体が悪く、へらへら誤魔化してたら激怒されて、普段はあまり怒らないような人だったので、どう収まりつけていいか分からなくなって、とりあえずその場を何とかしたくて、病院へ必ず行く、という約束をしたら引っ込みがつかなくなって、本当に病院へ行ったのです。極めて珍しいらしいですよ。私みたいに、自分で病院へ行く人間。まあ、無知だったので、二度と飲めないとは思ってなかったんですが。

 

後に、ECDさんの「失点・イン・ザ・パーク」の中に、お茶のペットボトルに宝焼酎を入れて持ち歩く描写を見つけて、笑ってしまいました。やる事はみんな一緒だ。ECDさんは、「今夜、すべてのバーで」を読んで、自分は確かにアル中だと思った、と書かれてましたが、彼にとってのらもさんが、私にとってはECDでした。ああ、お茶のボトルに焼酎入れる俺は、アル中だ。そう思ったら、変な話だけど、ちょっと安心もした。何でだろう。

 

その後、色々経て、経て経て、アル中から見事に立ち直った、かのように見える私が、2020年のコンプレックスな世の中にドロップした「金の心」。是非ご一聴ください!なんてまとめはいかがでしょうか?よろしくお願いいたします!!


KCD-005 山崎岳彦 金の心 2020年5月発売!(ダイジェスト)